くろもちです。

長野県大会決勝副将戦の記事を書く際に
なんとなくほのめかしていましたが
「デジタル打ちとはなんぞや」という話で
1つ記事を書いてみようと思います。

※追記)
検索してこの記事にたどり着く方も増えてきているようですので
補記させていただきます。
当ブログは麻雀漫画咲-Saki-、についてのブログとなります。
本記事も咲-Saki-作中のキャラクターや描写について触れております。


まず、皆さんはデジタル打ち、と聞いて
どういった打ち方を想像しますでしょうか?

咲-Saki-ファンの皆さんですから
答えは「原村和みたいな打ち方」であると思うのですが
今回はそうではなく。

とはいうものの、結論から言ってしまえば
実は「デジタル打ちとは、こういうものである」という答えは
存在しないのが現状です(よね?)。

最初から自信の無い感じになってしまいましたが
現時点で「デジタル打ち」を体系づけて
こういうものである、という結論は出ておらず
「デジタル打ち」の解釈は幾通りも存在してしまっています。

なので実は
配牌時点で最速の上がり形をひたすら追い続ける
他家がリーチしようがなにしようが知らん
といった極端な打ち方も、「デジタル打ち」の一種とされているんです。

「デジタル打ち」が初心者の打ち方
みたいな批判がなされる要因でもありますね。

そもそも「デジタル打ち」という言葉そのものが
麻雀における、場の流れ、第六感などを否定して
それらを総称した「オカルト打ち」に相反する形で
提唱されたものなわけです。

なので実は「デジタル打ち」そのものが
わかりやすくしてしまえば上記の「オカルト打ち」を
「オカルト打ちwwww」「流れとか無いしwwww」
「第www六www感www」「偶然のwwww一発wwwwツモwwww」
「ロマン打ちwwww」「夢のwwww役満wwww」
とか言っている立場であるだけなんですね。

で、その反撃をマトモにくらい
「デジタル打ち」についても
「デジタル打ちwww」「牌効率www重視www」
「最速の上がりwww」「安手のwww応酬www」
「ラスは引かないwwww」「生牌wwww一鳴きwwww」
とか言われちゃってるのが実情です。

まあただの喧嘩ですよね。煽り合戦です。
いや、でも本当なんですよこれ。
現実の雀荘とかでは、よくあるパターンです。
最近はここまでマナーが悪いのは稀ですが…。

で、それは何故か。

理由は簡単で
「デジタル打ち」が「オカルト打ち」に負けるからです。
最初に喧嘩を売った「デジタル打ち」が
100%勝利をおさめることができないからこそ
「オカルト打ち」の反撃が待っていた訳です。

さて、おそらく「デジタル打ち」を標榜していた方々も
おそらく辿りつけなかったであろう究極のデジタル打ちとはなんであるのか。

①常に
②その時点で見えている情報だけを元に
③牌効率を計算し続け最適な捨て牌を選択し
④その際、得点の期待値計算も行い
⑤さらに他家の聴牌確率計算も行い
⑥分が良い場合はツッパリ
⑦分が悪い場合は即オリ
⑧それで負けたら仕方なし

という事だと思うんです。

ふんふむ。やはりそう考えると
咲-Saki-で描かれる原村和は「究極のデジタル打ち」に
かなり近いとおもうんですよね。

作中では⑥の表現はありませんし
(全国2回戦副将戦なんかはこれに近いのかしらん?)
①で書いた「常に」計算し続けるのではなく
配牌~第一打の間にすべてのパターンを計算しているとのことでしたが。
(咲-Saki-2巻 71ページ)

※追記)
⑥の描写については、全国Bブロック準決勝副将戦において
原村和がまさに、そのような打ち方をしておりますので
追記させていただきます。

また麻雀においては
常に半荘トップをとることが目的ではない場合もありえます。
例えば2着十分の条件だったり
トップ差何点以内十分という条件だったり
それらの条件付けが上記②と③の間に入りますかね。

うーん。
一打一打に物凄い時間をかければ可能かもしれませんが
ちょっと現実には無理ゲーですね。

で、現実の「デジタル打ち」を標榜している方々は
実際にどう打っているのかといえば
実はその都度計算をしている訳ではなく
過去の同様パターンから選択を行っているんですよね。

Aの場合の確率はこれ、Bの場合の確率はこれ
Aの方が確率が高いからこっち選択
という思考回路で麻雀を打っている訳です。

その時点での計算ではなく
過去の計算、パターンから選択する訳で
どちらかと言えば原村和より
染谷まこの打ち方に近いのだと思います。

しかし、です。

「デジタル打ち」を否定している方々も
実際には「デジタル」な打ちかたはしているんですよね。

例えば、ですが…。

一三五 という両嵌で捨て牌を選択する時
場に二が4枚見えていたら
それは当然一を切りますよね。

二であがれる可能性が0%である、という
すごく単純な話なので
逆にわかりづらいかもしれませんが
これがデジタルなんですよ。

さて、それではニと四が2枚づつ残っている場合に
どう捨て牌を選択しますか?

ここで
他の手配はどうなっているのか?
何巡目なのか?
点数状況は?
他家の捨て牌は?
等々、いろいろな条件が足りないよー、と思った方は
デジタル的思考をしていると言えると思います。

また一切ってタンヤオつければいいんじゃね?
とパッと答える人(実際にわたしの周りにもいました)も
詳細な計算はしておらずとも
得点効率には頭が働いているわけで
実際これもデジタルなんですね。

なので「デジタル打ちwww」とかいう人だって
麻雀をしている以上、普通にデジタルで打っているんです。

では「デジタル打ち」「オカルト打ち」とは一体なんなのか。

麻雀は究極的には、ツッパるかオリるか。
この2択選択を行うゲームです。

その選択をどこで行うか。
自分の打ち方の拠り所をどこにおけば
上述⑧の部分、それで負けたら仕方なし、と思えるか。

それが
計算によるものであればデジタル
それ以外であればオカルト
という事になるんじゃないかなあ、と思うんですよね。

例えば単純に面子選択ミスった!という時に
デジタルを拠り所にしている場合
この選択は確率的に間違いではない!
と言い張ることができるんです。

そう考えると
究極のデジタル打ち=究極の負けず嫌い
とも言えるのかなあ、なんて。
原村和にピッタリだなあ、なんて思うのです。

最後に。
現実世界の麻雀界において
究極のオカルト的存在として君臨するプロ雀士がいます。

詳しい方はピンと来ますでしょう
土田浩翔プロですね。

知らない方に簡単に説明すると
トイツ大好き土田システムおじさん、です。

咲-Saki-的に言えば
チートイツは出和了り不要のツモる役が口癖の
なんかチートイツを当然のようにツモ上がって
たまに裏ドラのせる能力があるっぽい人です(かね?)。

土田システムに興味がある方は各自調べてくださいね。
これがまた面白いんですよ。

まあオカルトオカルト言われているんですが
彼の著作やMONDOの解説などを見ていると
それが他人に伝わらないだけで
土田プロの打ち方はデジタル打ちなんですよね。

このように現実に「デジタル打ち」をしているけれでも
「オカルト打ち」に見えるという例もある訳で。

麻雀は最初に洗牌を行い山を積む時点で
完全ランダムであるという前提に立てば
いくら完全に計算を行っても
100%勝つことは出来ないゲームです。

結局のところ最終的には結果オーライ、なんですよね。

「デジタル打ち」「オカルト打ち」に興味を持った方は
片山まさゆき先生の「牌賊! オカルティ」なんて漫画もあるので
是非一読することをオススメしますよーぅ。

今回は以上!

カン!